雨とマーガレットの最近のブログ記事

1110204057.jpgその日俺は少し苛つきながらハンドルを握っていた。
イエローベアの窮地を聞き奴の隠れ家に向けて飛ばしていたのだが
こんな時に限って市警のクソどもが目を光らせてやがる。
あまり目立つことをして嗅ぎまわられても面白くない。
「こいつらトロ過ぎんだよ!」
速度をそこそこにしてただひたすら長い車列に呪詛を吐いていた。
数十分後やっとのことで渋滞を抜け、急いで奴のところに向かった。

奴の隠れ家近くに着くと用心の為少し手前で車を降りる。
俺達のような職業の人間には基本中の基本の行動だ。
まあこの俺が尾行られてるとも思えないが万が一と言うこともある。
コレを怠ったがために命を落とした奴らを何人か知っている。
「この業界は臆病な奴が長生きするからな。」
自嘲気味につぶやくと周りに注意を走らせ再度尾行の有無を確かめる。
どうやら尾行はついていないようだ。
俺は奴の隠れ家にすばやく入り込んだ。

暗闇に目を慣らし奴がいると思われる部屋の前で呼びかけた。
「大丈夫かっ、イエローベアー!安心しろ俺だ、ブラボー9だ。」
すると壁の一部が動きイエローベアが姿を現した。
「よぉ、遅かったな。」
2メートル近い大男の口から眠たげな声が漏れる。
「さすがだな。そんな所に部屋を作ってるとは思いもしなかったぜ。」
「まあ、用心に越したことは無い。それに誰が敵か分かったもんじゃない・だろ?」
この巨躯に似合わず細心の注意を払って行動することの出来る男だ。
だからこそ俺も信用し、共に生き残ってこれたのだが。
「そう言うなよ。ほら食糧持ってきてやったぞ。ほとぼりが冷めるまでここで頑張れ!」
食糧を渡すとベアはその中からハムを取り出し、ビニールの包装ごとガブリといった。
「あ、相変わらずだな。」
半ばあきれながら言っても気にもせず食い続ける。
「ほとぼりねぇ。いつ冷めることやら。」
あっという間にハムを一本片付けると次を物色する。
「なーに、チョクチョク様子見に来てやるよ。」
そんな風なやり取りを交えながら今後どうするかを話していたときだった。
「シッ!」
今まで眠たげな声しか出さなかったベアが鋭く俺を制する。
「ブラボー、お前しくじったな。」
「何言ってんだ、俺が尾行られる筈無いだろう。」
そう言いながらあたりの気配をうかがう。
やはり誰もいないように思える。
目線でベアに訴えるがまだ警戒を解こうとはしない。
「心配性だなあ、お前も。しょうがないちょっと待ってろよ。今見てきてやるよ。」
危険な立場にいるから過敏になっているのだろう。
「いや、危険な立場なのはいつものことか。」
俺は苦笑まじりに外へ様子を見に行った。

(続く)

第二話「招かざる客(2)」

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1111261632.jpgあたりに気を巡らせながら建物の周りを確かめる。
誰もいないことを確認し奴のところに戻ろうとしたその時だった。
不意に、全く不意に後ろに気配を感じた。
俺は狼狽した。
確かに誰もいないはずだった。
だが気配は間違いなくそこに存在した。
最悪なことに俺に対する殺意を持って。
「バカなっ、そんなバカなっ!」
一瞬うろたえながらも、振り向きざまにそいつに向かって銃を抜いた。
だが自慢の早撃ちを無効にするにはその一瞬で充分すぎたようだ。
交錯する銃声。
すぐさま訪れる静寂。
次の瞬間地面に伏していたのは俺の方だった。
やられた、立ち上がれない。
クソッなんてざまだ!
ゆっくりと近づいてくる招かざる客。
日が暮れてかなり経つので敵の姿がよく見えない。
一発お見舞いしてやるためにギリギリまでそいつを引き付けた。
視界に足が映る。
「もう少しだ、もう少し来い!」
そう念じる俺を嘲笑うかのように足は止まった。
「これ以上は近寄らねえぜ。」
俺は耳を疑った。
この声を、この声を俺は良く知っていた。
「お、お前、何故だ...、一体どういうことだっ!」
這いつくばりながら俺は怒鳴った。
「さあねえ。これから死んでいくお前にゃ関係のない話さ。」
怒りが俺の体を包む。
俺は上体の力だけを使って驚くべき速さで跳ね起きた。
しかし銃を構える間もなくあっさりと両手を撃ち抜かれる。
「無駄無駄。お前の動きは全部分かってるのさ。」
奴は指先をいやらしく左右に振りながらとぼけてみせる。
俺に出来ることは最早睨みつけることぐらいだった。
「おお怖い。そうだな、その怖さに免じてこれだけは教えてやろう。」
奴は目をつぶりもったいぶって間を作る。
「人生はいつも不条理ってことさ!」
笑いながら放たれる鉛弾。俺はもう一発腹に喰らわされた。
俺は悔しさと口中に拡がった鉄の味を噛みしめた。
そして徐々に遠のいていく意識の中で隠れ家に向かう奴の後姿だけがやけにはっきり見えていた。

(続く)

第三話「暗転」

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1111262937.jpgブラボー9が様子を見てくると言って部屋を出てから、五分も経たない内にこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「なんだ?やけに早いな?」
だがすぐさま自分の勘違いに気がついた。
「違う!『これ』はヤツの足音じゃない!」
共に死線をくぐり抜けてきた仲だ。
足音で本人かそうじゃないかぐらいは分かる。
徐々に大きくなる足音。
銃を掴み、灯りを消すと急いで机の陰に身を潜めた。
足音が部屋の前で止まった。
隠しドアがゆっくりと鈍い音を立てて開く。
俺は驚きを禁じえなかった。
「なぜだ?こんなにあっさりとこの部屋が見つかるはずが無い!それにコイツ、『真っ直ぐ』この部屋に向かってきやがった!」
そいつは部屋の中に入ることなく様子を伺っているらしい。
『らしい』と言うのは死角にいるためこちらからも見れないからだ。
当然顔も確認することが出来ない。
引き鉄に指をかけ向こうの出方を待つ。
一秒が数十分のように感じる。
しばらくしてそいつが動いた。
間髪入れず立ち上がり弾倉が空になるまでそいつにブチこんでやった。

・・・つもりだった。
だが立ち上がろうとした瞬間、足は俺の意思に反しゴム人形のようにぐにゃりと床に着いた。
「!?」
体勢を立て直そうとするが無駄な努力だった。
足に全く力が入らない!
それどころか腕すら満足に動かせなかった。
気づいた時には俺の体はみっともなく床に臥せていた。
「体が痺れてやがる!これは、神経ガスかっ!?」
それに答えるかのようにそいつは笑い始めた。
「ククッ、クククククッ!」
癇に障る笑い方だ。
相変わらず顔は見えない。
だが俺はこの声を知っていた。
どこで聞いたんだったか必死で記憶を呼び起こす。
それすらも徒労に終わると気づくのにそう時間はかからなかった。
「お・・・前、だ・・・・・れ・・だ・・・。ブ・ラ・・・・・・ボ、・・・・・・・・・・ど・・・・・・・・・・・し・・・・・・・・・・。」
俺の意識は次第に高くなる笑い声と共に深い泥の中に沈みこんでいった。

(続く)

第四話「混迷」

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1111338728.jpg「ん、んん・・・・。」
どれくらい時間が経ったのだろうか?
俺はようやく目を覚ました。
まわりは真っ暗闇・・・。
ここは・・・どこだ・・・・・?
意識が少し明確になってくる。
事件、逃走、隠れ家、ブラボー9。
そして謎の人物。
「そうだ!俺は誰かに襲われてそれで・・・。」
慌てて自分の体を確かめる。
特に怪我をしてる箇所は無かった。
次に自分の置かれている状況を把握しようと努める。
あたりに人の気配は感じない。
目を凝らし、じっと闇を見透かそうとする。
目が慣れてくると意外な事実に気がついた。
そこは意識を失った隠し部屋の中だった。
「どういうことだ?」
さっぱり訳が分からない。
アイツは一体何の為にここに来た?
何の為にわざわざ俺を眠らせた?
殺すわけでもなく、拉致が目的でも無かったようだ。
何故?
考えようとするがうまくまとまらない。
まだ意識が朦朧としている。
立ち上がり照明に手を伸ばす。
足元が少しふらつく。
と、その時何かを蹴飛ばしてしまった。
「何だ?」
明るくなった部屋で視線を音のした方に動かす。
そこには銃が転がっていた。
だがそれに見覚えは全く無かった。
一応自分の拳銃を確認する。
しっかりと左脇のホルスターに納まっている。
弾もフルに入ったままだ。
「じゃあこれはブラボーの?」
それはありえないことぐらい分かっていた。
だがそうなるともっとも不可解な答えが導き出されるしかなかった。
「あの誰だかわからねえ奴がワザワザこれを置いていった?何の為に?」
自問するが当然答えなど出てこない。
弾倉を確認する。
半分ほど弾は残されていた。
何かの手がかりになるかと思い、それを懐にしまいこむ。
体の動きもようやく元に戻ってきたようだ。
俺はブラボー9の安否を確かめるべく部屋の外に出ることにした。
あいかわらず人の気配は全く感じない。
隠れ家内と周辺をくまなく探したが謎の客はおろかブラボー9さえ見つけることはできなかった。
見つけたのは空の薬莢が数個とおびただしい量の血痕だけだった。
「ブラボー、お前やられちまったのか?」
そう考えるのが自然だった。
もしヤツが敵をしとめたのなら黙って消えるはずが無い。
だがなぜブラボーの死体が消えているのか?
敵にとっても死体を持ち去る意味など無いだろう。
「となるとブラボーは手傷を負わされ連れ去られた?」
理由は分からないがそうなのだろう。
分からない事だらけだ。
一つだけ分かっていたのは、このままここにいては危険だという事実だけだった。
「グズグズしてる場合じゃねえな。」
隠れ家に急いで戻ると、ありったけの武器を詰めて車に乗り込んだ。
情報を得ることができ、且つ安全な場所に向かう必要があった。
「エージェント・ベン、ヤツのところしか無い。」
この時俺は小さいが、非常に重大な事実を見落としている事にまだ気がついていなかった。

(続く)
1111948874.jpg「ハッ!?」
不意に目を覚ましベッドの上で半身を起こす。
体中にべっとりと汗をかいていた。
右手で額の汗をぬぐいながら時計に目をやる。
午前三時。
またいつもの夢だった。
追いかけてくる男、次々とやられていく仲間達。
その男の顔が見えそうなところでいつも終わる夢。
この夢を見始めたのはいつからだったろう?
「バカバカしい。ただの夢じゃねえか。」
だがここ数日間で妙にリアルになってきていた。
銃声、硝煙の匂い、断末魔の叫び、全てが現実と見まごう程だった。
つい連絡が取れないイエローベアーの事が脳裏をよぎる。
正夢なんて物が存在するんじゃねえか、等と下らない考えと共に。
「バカバカしい!」
自分に言い聞かせるように、吐き捨てる。
立ち上がり、喉の渇きを癒す為冷蔵庫を開く。
ビールを開け、一気に飲み干す。
冷えた液体が喉を通り過ぎる感覚が、まだ尾をひく悪夢から俺を現実に引き戻す。
自分の存在を確かめるようにもう一つ開け、喉に注ぐ。
その時だった。
カツ、カツ、カツ・・・。
外から足音が聞こえてきた。
直感的にこの部屋に向けられた足音だと思う。
急いでベッドに行き枕元に置いておいた銃を手に取る。
やはり足音は近づいてくる。
やがて俺の部屋の前でそれは止まった。
不意に嫌な感覚が全身を襲う。
ガチャガチャガチャ!
ドアノブを回す音が突然響く。
「コイツは...、コイツが夢の男だ。」
理由なんか無い。
ただそう思っただけだ。
俺は車のキーをつかむと、ベランダに出た。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
ドアに銃弾を打ち込む音が聞こえる。
「ああ、やっぱり話し合いが通じる相手じゃないらしい。」
俺は配水管に手を伸ばしそれ伝いに下へと逃れた。
無事地面に足をつけたところで自分の部屋を仰ぎ見る。
ヤツがいた。
銃を構えるでもなくこちらをじっと見ている。
充分な灯りがなく顔はよく見えない。
「チッ、やっぱり顔の無い男か。」
悪夢と現実がすりかわる奇妙な感覚にとらわれながら俺はその場を後にした。

(続く)

第六話「疑念」

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1112544816.jpg明け方、エージェント・ベンの部屋の前。
一人の男が中の様子を伺っていた。
「ドアが撃ち抜かれてる...。ここにもヤツの手が廻ってきたのか?」
イエローベアだった。
「まだ硝煙の匂いが残ってるな。」
用心しながらゆっくりと部屋の中に入る。
一つずつ部屋を見て回るがもぬけの空だった。
特に争ったような形跡も無い。
襲撃は受けたが無事、という事だろうか?
あるいはブラボーのように拉致された疑いもある。
考えててもしょうがないのでベンに連絡を取ってみる。
呼び出し音が鳴るが出る気配は無い。
あきらめて、転がっていた椅子を起こし座る。
少し頭を整理してみようと努める。
「なぜだ?なぜこうも俺の行く先々にヤツは現れる?」
真っ先に考え付くのは裏切り者の存在だった。
だが今日ここに来たのは誰にも告げてない行動だ。
「では俺の行動を封じる為に仲間を始末して回ってる?」
確かにベンとはよくチームを組んでいたがそれだけでわざわざ先回りして襲うとは考えにくい。
しかも都合よく到着する直前に襲うなんて出来過ぎている。
どうにも理解しがたい事実ばかりが積み重なっていく。
バサッ!
突然の物音に銃を抜き身構えてしまう。
音のした方をよく見ると壁に掛けてあったカレンダーが落ちていた。
「何をビクついてんだ俺は。」
自嘲気味につぶやきながらそれを拾いあげ眺める。
花の写真が使われたカレンダーだった。
「らしくないな。ヤツの女の趣味か?」
何気なくめくっていくとマーガレットの写真で手が止まる。
いつもは花など女子供の趣味だと目もくれないのだが、何故だか気になった。
「何だ?何か大切な事を忘れている気がする...。」
写真を凝視しながら固まってしまう。
「思い出せ、思い出せ。俺はなぜこの花が気になる?」
必死に記憶の糸を手繰り寄せようとする。
少しずつ、だが確実に何かが無意識の海から浮かび上がってくるのを感じた。
次の瞬間、突如として眼前に爆発する車の映像が浮かんだ。
凄まじい爆音と激しい熱風。
四散する車の破片。
一瞬の間をおいて空から舞い降りてきたのは燃え上がるマーガレットの花、花、花。
「ユキーーーーーーーーッ!!」


(続く)
1113153884.jpg久しぶりにサリーと喧嘩をした。
理由は何だったかな。
とにかく下らないことが発端だったのだけは確かだ。
「いい加減にしろよ!さっきからしつこいぞ!」
「自分こそその頑固なところ治したらどうなのよ!」
そんな風に言い争っていると連絡が入った。
いつもながらまずいタイミングでベルが鳴る。
「ああ、ブラボーだが。どうした?うん、うん。何っ・・・?」
思わず声を荒げてしまう。
サリーがじろりとこちらを睨む。
どうやらイエローベアがヤバイ事になっているらしい。
電話を切ると急いで自分の部屋に戻った。
すぐに出かけねばならない。
額縁の裏の金庫からコルトを取り出す。
マガジンを抜き取り弾が装填されている事を確かめる。
その重さで少し気が引き締まるのを感じながらホルスターに納める。
一瞬の間をおいて振り向きざまに黒光りするソレを抜く。
0.29秒。
どこかのヒゲのガンマンには辛うじて勝てそうだ。
支度を終え玄関でコートに袖を通しながら声を掛けた。
「行ってくる。しばらく戻れないかもしれん。」
「どーぞご自由に!一人のほうがせいせいするわよ!」
こっちを振り向きもせずにサリーが応える。
やれやれ、どうやら相当ご立腹らしい。
肩をすくめながらドアを閉める。
外に出ると日没にはまだ間があるようだった。
もう春だと言うのにうっすらと寒い。
駐車場までは少し歩かねばならない。
「いつ誰に狙われるかも知れない立場の人間が住む所じゃないな。」
一人で文句を言うが、サリーがどうしてもここが良いと言って聞かなかったのだ。
この事をベンに話すと女に甘いのが元で命を落とすかもしれんと言われた。
そうかも知れない。
ま、そうなったらそうなった時の事だ。
そんなことを思いながら駐車場に向かう足を速める。
駐車場の手前に花屋がある。
店先をのぞきながら通り過ぎようとすると、覚えのある香りについ足を止めてしまう。
マーガレットだ。
花言葉は「心に秘めた愛」。
サリーが教えてくれた。
「花言葉は『恋占い』って書いてる本もあるけどあたしは好きじゃないの。だって花びらを千切られるなんて可哀想じゃない。」
俺がこの花をプレゼントしたときそう言って笑っていた。
「仕事が片付いたら買って帰ってやるか。」
俺は車に乗り込みイエローベアの隠れ家へと向かった。

(続く)
1113926288.jpgあの人が出て行ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。
茜色の空が随分暗くなっていた。
ベランダに出てタバコに火を点けた。
ゆっくりと肺まで煙を到達させる。
そしてまたゆっくりと吐き出しながらつぶやく。
「コレももうやめなきゃ...。」
もともとあの人からはいつもやめるように言われていた。
やれ女はタバコを吸うもんじゃないだの、子供ができたらどうするんだだの。
そのくせ自分はプカプカ吸っちゃっていい気なもんよ。
おあいにくさま、もうやめるわよ。
やめなきゃいけない理由が出来たんだから...。
あの人はどんな顔をするだろう?
わからない。
でもきっと喜んでくれると思う。
「こうしちゃいられないわ、栄養つけなきゃ!」
勢いよく立ち上がるとコートを羽織って街へ出た。

食材を買い込んだ帰りに花屋の前を通ると馴染みの店員が声を掛けてきた。
「ヘイ、サリー!買い物かい?ウチにも寄ってけよ。サリー美人だからサービスしとくぜ!よっ美人・男泣かせ・憎いねこのお!」
慣れるまでは恥ずかしかったが、どうもこの人はこういう人らしいと理解してからはこの台詞も平気になった。
「あらマーガレット入ったのね。じゃあもらっていこうかしら。全部。」
「はい毎度~、全部ね。...ってぜんぶぅ!?」
「あらイケナイ?」
「いや、そりゃありがたいけど...。はは~んなんか良いことあったな?」
「わかる?」
「わかる?ってそりゃこんな買い方されたら何かあるなと思うだろ普通。」
「ふふふ、探偵さんになれるわよ。それじゃ後で届けてね。」

家に戻るとすぐに夕食の支度にかかった。
いつもの癖で二人分の食事を作ってると気づいたのはもう出来上がる直前だった。
それをムキになって全部平らげる。
さすがにしばらく動く気にもならなかった。
我ながら少し呆れる。
「どっちにしろ二人分食べなきゃいけないし、オッケーオッケー!」
必要以上に大きな声で独り言を言うが、壁に吸い込まれるだけだった。
テレビでも見ようと思いつけてみたりもするがつまらない番組しかやってない。
あの人のいない家はガランとして、やはり寂しくなってくる。
「ふう。」
知らず知らずため息がこぼれる。
いつ帰ってくるか分からないあの人を独りで待つ生活には少し疲れていた。
衝動的にどこか遠いところに行ってしまいたくなるときもあった。
でもこれからは違う。
「マーガレット買うの早すぎたかなあ...。」
いつの間にかにやけ顔でつぶやいていた。
「まいっか、全部枯れちゃうまでにはなんだかんだで帰ってくるでしょ。」
その時玄関のチャイムが鳴った。
「はーい。花屋さんねー、今行くわー。」
あのドアを開けたら新しい生き方が私を待っている。
きっと素晴らしい明日が。

(続く)

第九話「迷走」

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1115140725.jpg外からけたたましい騒音が聞こえてくる。
「ん・・・。」
その音でエージェント・ベンは目を覚ました。
「んだよ、朝っぱらから工事なんかしてんじゃねえよ・・・。」
ベッドで仰向けのまま騒音を呪う。
しばらくボーッとしていると、視界にある天井が見慣れぬものだとようやく気づいた。
慌てて体を起こし周りに目をやる。
床には空になったバーボンのボトルが転がっている。
「ここは・・・。」
少しずつ脳が機能し始める。
昨夜、謎の男の襲撃を受けた俺はすんでのところで逃げ出した。
ひたすら車を飛ばした俺はたまたま見つけたモーテルに転がり込んだ。
尾行は無かったし、偶然入った所なら襲われる事も無い。
部屋に入ると真っ先に信頼できる仲間である二人の男に連絡を入れた。
ブラボー9とイエローベアーだ。
今何が起こっているのか確かめる必要があった。
だが元々連絡のつかなくなっているベアーはともかく、どういうわけかブラボーまで連絡がつかない。
再び悪夢が現実になりつつある感覚に襲われる。
そんな考えを打ち消そうとバーボンをグラスに注ぎ、今に至るらしい。
「我ながら呑気なもんだ。」
グラスを拾い、水を注ぐと一気に飲み干す。
「フゥ、ようやく目が覚めたぜ。さて、これからどうしたもんかな?」
そうつぶやきながら、もう一度ブラボー9に連絡を試みる。
やはりつながらない。
「さて次は・・・。」
そう言った瞬間、携帯が手の中で震える。
画面には「YB」の二文字があった。
「おぉっ、ベアー生きてやがったか!」
驚きながら電話に出る。
「よぉ、大丈夫か?」
「ああ、何とかな。」
お互いの状況を確認しあうと、落ち合う場所を決め手短に電話を切る。
「そーいやブラボーの奴、女と暮らしてたよな。えっと何だっけ?」
仕度をしながらふと思い出した。
「そーだサリーだ、サリー。」
いつだったかブラボーを送った時チラッと見かけた事があった。
ショートヘアーが似合う美人だった。
後日、仲間のダニエルに聞いた話では、イエローベアーとブラボーは彼女をめぐっての恋敵だったらしい。
「ブラボーの家に行きゃあサリーが居るかもしれないな。」
時計を見るとそっちに行ってからでもベアーとの合流には間に合いそうだった。
「何か知ってるといいんだが。」
車に乗り込むとラジオのスイッチを入れ、走り出す。
『・・・続いて天気予報です。本日正午からは雨でしょう。所により雷を伴い強く降る恐れがあります。なお・・・』
天気はどうやら崩れるらしい。
軽く舌打ちするとアクセルを踏み込みスピードを上げる。
「嵐になるかもな。」
前方には真っ黒な雲が低く、禍々しく垂れこめていた。

(続く)

第十話「迷走(2)」

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1116858454.jpg車を走らせながらベンはダニエルとの会話を思い出していた。
関わっていた仕事も終わり、ダニエルの部屋で一杯やっていた時のことだ。
何気なく視線を移したテーブルの上には数葉の写真が無造作に置かれていた。
その内の何枚かに同じ女が写っていた。
「なぁ、何でお前がこんなの持ってんだ?」
写真に写っているのはブラボーの女、サリーだった。
「あぁ、それか。ん~、なんでもない。」
「なんだよ、こんなに写しておいてなんでもないってこたないだろ。」
明らかに隠し撮りと思われる写真を見ながら訊いた。
「まあ別に隠すほどの事じゃないからいいか。それ、ブラボーの女だ。」
「それは知ってる。前にヤツの家のそばでちらっと見たからな。」
「じゃあ、コレは知ってるか?同じ頃にイエローベアとブラボー9の2人と知り合ってさ、余り詳しい話までは知らねぇけど、2人でその女取り合ったらしいぜ。」
「んで、何でお前がそんなの写してんだ?」
「上に言われたのさ、調べろってな。いつどこから組織の情報が漏れるか分かったもんじゃないだろ?言ってみれば『監査』みたいなもんか。嫌な仕事だが組織を守るためには誰かがやらなきゃな。」
「で、どうなんだ?」
「こうやってお前に喋ってる時点でシロ確定だろ。」
「だな。」
その時はそのまま酒を飲んで流していたが、今にして思えば妙な話だ。
そんな事をし始めたらキリが無いだろうに。
頭の中で引っ掛かりがむくむくと成長し始める。
ダニエルに連絡をしようと携帯を取り出した。
ヤツの番号を呼び出し、耳に当てると接続中の耳障りな音が聞こえてくる。
つながるのを待つ間、少し焦れてハンドルを指でトントンと叩く。
「お前からかけて来るなんて珍しいな。」
「なんて言い草だ!!んで今何してる?」
「ん?今か?まぁちょいと取り込み中だが。」
「ねえ今コーヒー切らしてるのー。紅茶でもいいかしら?」
不意に電話の向こうから女の呼ぶ声が聞こえてきた。
「じゃあそういう訳なんでまたな。」
「おいちょっと待て・・・」
既に電話は切られていて、断続的な音だけが聞こえていた。
急いでリダイアルしてみるが、数秒の後に聞こえてきたのは、「電波が届かないか電源が入っておりません」という機械的なアナウンスだった。
「やっぱりか。」
引っ掛かりは確信へと変わった。
「俺の考えが正しければあの声の主は・・・。」
ふと気がつくとフロントガラスにはいつの間にか水滴がつき始めていた。
ワイパーを動かし、更にスピードを上げる。
それと同時に雨は一気に強さを増し、叩きつけるような勢いで降りそそいだ。
「状況も最悪なら天気も最悪だな。」

(続く)

第十一話「逆流」

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rain.jpg「ユキーーーーーーーーッ!!」
爆発する車の映像が浮かんだと同時に叫んでいた。
全身を激しい悪寒が襲う。
崩れ落ち両手両膝を床についた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」
息苦しい。
思うように呼吸できない。
目がチカチカし、視界が黒く塗りつぶされていく。
激しい鼓動がさらに記憶の扉を叩く。
「オエェェェェェッ!」
床に吐瀉物を撒き散らしながらもフラッシュバックは続いた。
ベビーグッズ。
雨。
日本の『オマモリ』。
マーガレットの花。
笑顔で傘をさしだす女。
クリスマスツリー。
窓の外は雷が鳴っていた。
稲光に呼応するかのように断片的な映像が現れては消え、また現れては消えた。
数分後、胃の中身を全て吐き出したころ全てを思い出した。
床に座り、倒れるように壁にもたれる。
「ユキ、あの日も雨が降っていたな。」

まだ組織に入る前のことだ。
戦場を渡り歩く傭兵暮らしをしていた俺はいつどこで死んでもいいと思っていた。
他人の命も自分の命も等しく紙切れのようにうすっぺらい物だった。
戦場にいないときは酒を飲んでは喧嘩という日々を送っていた。

「オラどした?もう終わりか?」
周りには男が三人転がっている。
モヒカンの男。
両腕にびっしりとタトゥーの入った男。
スキンヘッドの男。
「てめえ、このままで済むと思うなよ。」
口から流れる血をぬぐいながらモヒカンの男が言った。
「おお、負け犬のセリフその一、だな。」
ニヤニヤしながら言うと三人は野次馬をかき分けて消えていった。
カウンターに向かい、またテキーラをあおる。
周りも何事もなかったかのようにそれぞれのことに戻っていく。
「くだらねえ。おれもこいつらもくだらねえ。」
雨がやむのを待ってさらに五杯テキーラをのどに流し込んだが、空模様は依然として鈍い灰色のままだった。
あきらめてバーを後にし、降りしきる雨の中、安ホテルに向けてぶらぶらと歩く。
「おにいさんいっしょに暖まってかない?安くしとくわよ?」
商売女たちが次々と寄ってきては誘った。
いちいち答えるのも面倒なので腕を軽く振りはらい離す。
「なんだい、この貧乏人のインポ野郎!」
そんなやり取りを何度かしながら歩く。
いくつ目かの角を曲がると人通りの少ない裏通りに出た。
その時不意に背中に熱を感じた。
「へへへ、バカ野郎がっ!」
さっきのモヒカンの男だ。
熱いと思ったのはナイフで刺された痛みだった。
モヒカンは薄ら笑いを浮かべながらナイフを引き抜こうとする。
「おっおっ?なんじゃこりゃ?」
ナイフは硬い筋肉に挟まれてビクともしない。
顔から血の気が引いていく。
「ば、化け物めっ!」
モヒカンの男は一目散に走り去った。
「負け犬のセリフその二、だな。おい、忘れモンだぞ。」
ひとりつぶやきながら、背中に手を回し一気にナイフを抜いた。
道端に放り投げると、何事もなかったかのようにまた歩き出す。
雨は相変わらずだ。
安ホテルまでもう二、三分のとこで足がふらつく。
「おっ、なんだ?」
そう思った次の瞬間には道にぶっ倒れてた。
背中を触ってみる。
生暖かいヌルリとしたものが手にベットリと付いた。
「ああ、あの野郎意外と上手く刺してくれたな。」
おびただしい量の血が流れていた。
「ここが終わりの場所か。やっぱりくだらねえ人生だったな。」
最期に会いたい友も無ければ女もいない。
特に執着するようなものもない。
雨が血を洗い流してくれるのは我ながら上出来だ。
くだらねえ自分の跡を残したくも無い。
目を閉じ雨に打たれながら静かにその時を待つ。
遠くで足音が聞こえた。
乞食の類が財布でも掠め取りに来たかと思い放っておいたが、そんな気配もない。
顔に雨がかからなくなっていた。
ゆっくりとまぶたを開くと女がしゃがみこんで、笑顔で俺に傘を差し出していた。
「風邪ひくよ。」
それが、ユキだった。

(続く)

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